天井・大底の三山型
天井・大底の三山型(てんじょう・おおぞこのみやまがた)とは、江戸時代に山形の
酒田の商人である本間宗久が米相場のために考案したもので、罫線の代表的
パターンとして有名です。
上げ相場、下げ相場が3つ目の山の先端が、それぞれ天井、大底になることが
多いことを表した言葉です。V字型もありますが、必ずしもこうなるとは限りません。
【本間宗久 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より】
23歳の時、酒田の豪農本間家の養子となる。大阪の米相場で才能を発揮、後に
江戸に移り、ここでも成功し、「相場の神様」「出羽の天狗」と称される。その活躍
ぶりは、『酒田照る照る、堂島曇る、江戸の蔵米雨が降る。』『本間さまには及びも
ないが、せめてなりたや殿様に』といった唄が流行るほどであった。この成功により
江戸中期以降、財力で日本一と言われた本間家の基盤をつくりあげた。